HIRAETH 311 Experience

お知らせ

澤上幸子

渋滞や道路の閉鎖、高速道路の通行禁止など前に進まないことや食べ物がないことに困りながらの避難。一番心が締め付けられたことは、飛行機から瀬戸内海を見た時でした。「なんでこんなに海がきれいなんだ。」「なんで、建物が壊れてないんだ。津波がきてないんだ。」という自分ではどうすることもできない抑えられない思いがあふれ出し、きれいな瀬戸内海が憎らしく、被災地との温度差を感じて涙があふれました。その後の生活では「放射能大丈夫?」「お金もらったんでしょ」「まだ、避難しているの?」「募金したんだからお礼言ってよ」など周りの方がもつ避難者のイメージによって心無い言葉、理解不足の言葉をたくさん耳にして苦しい思いをしました。震災から10年、避難先で亡くなった方々のことは忘れられません。病死もあれば事故や自死もあります。誰もが、故郷への思いを抱えながら亡くなっていったのではないかと思っています。二度と同じ思いをする人が増えないよう、これまでの経験を教訓として伝えていきたいです。(2021年現在)